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アイシング

引用:山本 利春・ 吉永 孝徳. 2001. 『スポーツアイシング』1.東京都: 株式会社大修館書店.

​慢性的な痛みに対する冷却効果

1.慢性痛の発生源

 スポーツ選手ならほとんどの人が、慢性的な痛みを経験したことがあるでしょう。競技種目の特性を反映して、各種目でよく使う部位(繰り返し負荷がかかる部位)が痛くなるケースが多いようです(陸上競技など走る競技種目では足、アキレス腱、膝など、野球やラケットスポーツでは肩と肘、ジャンプ動作の多いバレーボールやバスケットボールでは膝など)。また腰は体の中心であるだけに負担も大きく、競技種目を問わず痛みを抱える選手が多いようです。

 これらの痛みの多くは、特定の関節や筋肉に繰り返し負荷がかかってその部位が炎症を起こし、痛みが発生します。放置しておくと競技生命を脅かす重大な症状に発展する場合もありますので、痛みや違和感がしばらく続き、スポーツ動作に支障をきたすようなら、できるだけ早く医師に診てもらうようにしましょう。

 医師の診断の結果、手術が必要だったり、長期間練習を中止しなければならない例もありますが、特に医学的所見で異常がみられないケースも多々あります。そういう場合、医師からは「様子をみましょう」とか、「痛みの出ない範囲なら練習してもよいでしょう」と言われます。

 アイシングが活躍するのは、こんな時です。

2.炎症反応の悪循環を断ち切る

 慢性的な症状に対するアイシングは、痛みを軽減させ、運動をスムーズに行うための助けになります。

 慢性的な痛みとその影響を模式化したのが図2−6です。痛みがあるということは、どこがの部位に炎症が起きていることを表しています。そのような炎症があると、周囲の筋肉にスポーツをするうえで悪影響をおよぼしてしまいます。その主な原因は「スパズム」と呼ばれるもので、これは本来緩んでいるべき筋肉が意に反して縮んでしまい硬くこわばってしまう現象です。そして、スパズムが起こるとさらに痛みが増し、その痛みがさらにスパズムを引き起こすという悪循環を繰り返すことになります。

 肩凝りや腰痛では、この悪循環が継続的に起きていることが多く、それが慢性的な症状となって患者を悩ませます。スポーツ選手の場合は、この悪循環の結果、筋力や関節可動域(関節が動く範囲、つまり柔軟性のこと)が低下し、フォームが崩れて十分なパフォーマンスが発揮できなくなります。こうなると、痛いところを「かばう」動きが生じて今度は他の部位に痛みが出るなど、ますます深みにはまっていきます。

​ アイシングをうまく利用すると、このようなドロ沼に陥るのを防ぐことができます。冷やすことにより、「痛みースパズム」の悪循環を断ち切るのです。p26,7

けがを治すには別のアプローチが必要

ここで注意していただきたいのあ、アイシングが慢性的なけがで生じる「痛みースパズム」の悪循環を断ち切ることができるといっても、それは決してけがを根本解決することにはならないということです。

​ いくらアイシングをしたからといって、痛みの発生源である損傷を治すことはできません。損傷部位に対する治療は、医師の指示に従って全く別に行なわなければなりません。これを十分に理解し、アイシングを決して過信せずに利用することが大切です。p28

アイシングをしてはいけない人

ごく稀にですが、寒冷刺激に対してアレルギー反応を示す人がいます。アイシングをすると皮膚に、じんましんが派生したりするものです。じんましんが出たとしても、多くの場合は心配する必要はなく、何度かアイシングを繰り返しているうちに慣れてきて症状が軽くなります。しかし、念のためそのような症状が出た場合には医師と相談し、アイシングの利用法を検討した方がいいでしょう。

 また、これも非常に少数ながら先天的に寒冷刺激に弱い体質の人がいます。冷やすことによって指先など抹消の血流が過度に減少してチアノーゼ(青黒く変色する)を起こし、無感覚やピリピリした痛みをもよおす。これをレイノー現象といいますが、これを代表例とする血管 縮性障害の持病、あるいは既往症がある人には、ふつうの人と同じようにアイシングを施すことができません。やはり医師に相談すべきでしょう。その他、心疾患を持つ人、局所循環障害を持つ人にもアイシングは禁忌とされていますので注意が必要です。

アイシングに必要な道具①ー氷

 しかし一口に氷といっても、いくつかの種類があります。ここでは、その形状によって分類してみましょう。

❶キューブアイス

 もっとも一般的な立方体(キューブ)状の氷。家庭用冷蔵庫の冷凍室で作れます。製氷機で作られるものは、家庭用冷蔵庫のものよりやや大きく、表面が溶けかかっている(温度が0℃に保持されている)のが特徴です。

 34頁で触れたように、家庭用冷蔵庫で作った氷を用いる場合は凍傷予防のため少し溶かしてから使うか、あるいは水を加えて氷水の状態で利用するようにしましょう。

❷クラッシュアイス

 いわゆる、かき氷状の氷です。特殊な製氷機で作れます。一見、雪のような粒の細かい氷です。これを用いてアイスパックを作ると、形を変えるのが容易なので膝や肘、指といった凹凸の激しい部位をアイシングするときに便利です。クラッシュアイスで作ったアイスパックを冷やしたい部位に押しつけると、その部位の形状に合わせて変形させ、皮膚にフィットした状態でアイシングできます。

​ さらに、腰、肩などの広い部位をアイシングするときには、このクラッシュアイスを大きなビニール袋に入れて、せんべいのように薄いアイスパックを作ります。すると簡単にアイシングが可能です。

​ 同じことをキューブアイスでやろうとすると、アイスパックが分厚く、重たくなってしまい、扱いにくくなるうえに多量の氷が必要になります。その点、クラッシュアイスは体積当たりの密度が低い(空気が多い)ため、同じ量でもキューブアイスに比べかなり軽いという利点があります。

❸ロックアイス

 コンビニエンスストアやスーパーで手に入る、袋入りのかち割り氷です。遠征先や試合会場などでふつうの氷が手に入りにくいときには便利でしょう。氷の形状が一定でないのでアイスパックとしては使いにくい(皮膚にまんべんなくフィットしない)という欠点はありますが、手頃な大きさをしているので、買ってきた袋のまま幹部に当てるなど急場しのぎをするには十分です。

​ なお、これも商店の冷凍庫に保存されているときにはマイナス以下かなり低い温度になっている可能性があります。念のため凍傷予防を考慮して、少し溶けてから使う、水を加えて使うなどしたほうがよいでしょう。

アイシングに必要な道具②ービニール袋、バンデージ、アイスボックス

 ❶ビニール袋

 アイスパックを作るときの必需品です。いろいろな部位に使えるよう、大小さまざまなものを用意するのが理想ですが、なかなかそうはいかないと思います。ですからスタンダードサイズのものを大量に用意しておいて、それで大半をすませてしまうことにしたほうがよいでしょう。どれがスタンダードになるかといえば、頻度としてもっとも多い足首の捻挫にジャストフィットするサイズが一般的です。紙の大きさでいえばA4判程度。これなら、足首だけでなく肘にもちょうどいいし、膝や肩の場合は2〜3個使えば事足ります。p39

❷バンデージ

 伸縮性の包帯のことです。アイスパックを当てた上から固定・圧迫をするために用います。大は小を兼ねるという考え方で、幅広(10〜20cm程度)で厚手、さらに尺も長いタイプのものがあると便利です。肩、膝、脇腹、大腿部などは一般的な救急箱に備え付けられているバンデージ(5〜7.5cm程度)では、とても一本で足りません。10cm幅以上のものが数本あればほとんど事足りるでしょうが、理想的には、部位別に使い分けられるように大、中、小と何本かずつ揃えておくとよいでしょう。厚手のバンデージなら洗って何度も使用できます。

​ なお、非伸縮性の包帯はアイスパックの固定・圧迫には適しません。これは、実際にやってみればすぐわかります。凸凹したアイスパックの上から巻いてしっかり固定するには、伸び縮みした方が絶対に便利です。最近では自着性(重なった部分のバンデージがお互いにくっつくもの。糊がついているわけではないでの肌には貼りつかない)のバンデージも発売されていて、これは巻いた後にズレたり、緩んだりしにくいのでさらに便利です。

アイスボックス

​ 氷(アイスパック)上記のバンデージをスポーツ現場まで運ぶための保温性容器です。アウトドアレジャー用にさまざまなサイズのものが販売されているので、チーム事情に合ったものを購入するとよいでしょう。

冷やすvs温める

①どこが問題か

 冷やした方がいいか温めた方がいいのか。この選択はときに専門家も悩む難しい問題です。ただし、これが問題となるケースは限られていて、どんなけがや痛みにも当てはまるわけではありません。まず、そのへんの論点を明らかにしましょう。

 RICE処置が必要な急性障害の場合は、けがの範囲が広がるのを抑えなければなりませんので、まずアイシング、つまり冷やすという対応で間違いありません。

 一方慢性障害はどうでしょうか。そうです。温めてもいいケースが出てくるのはこちらの方です。冷やしても痛みが和らぐし、温めても同じ効果が得られる。どちらを使っても有効です。

 硬くこわばって動かしにくい状態になっている筋肉をほぐすときも同様です。このときも、冷やしてもいいし温めてもいい。どちらも効果があります。このようなケースで、どちらを選択するかが問題となるのです。

炎症が強ければアイシング

 慢性障害があるとき、その部位の状態はさまざまです。ただ痛みだけがあり、他の炎症症状はほとんどみられない場合。反対に、痛みとともに熱や腫れといった炎症も

少なからずみられる場合。前者は温めても問題はないと

考えられますが、後者を温めると、炎症症状を助長してしまう恐れがあります。ですから、どちらかといえば冷やすほうを選択したほうが無難です。

​ 捻挫や肉離れといった急性のけががほとんど治って、

まだなんとなく痛みや違和感が残っている場合なども同様です。そのとき、炎症がまだ強く残っているようであれば、温めるのは避けたほうが無難です。炎症がほとんど

なくなり、そろそろ血液循環を活発にしたほうがいい時期になったら、温めても問題はありません。

③迷ったら冷やす

 このようにしてみてくると、「冷やすvs温める」という観点で両者を比べると、リスクが少ないのは冷やすほうです。温めてけがが悪化することはあっても、冷やして悪化することはまずありません。ですから、迷ったら冷やす

ほうを選択するのが無難でしょう。

 冷やすという行為は温めるのに比べて刺激が強いため、嫌われる傾向にあります。特に冬場は敬遠されがちです。そんなとき、「温めたほうが気持ちがいいから」という

単純な理由だけで温めるほうを選択しているとすれば、

とんでもない間違いを犯している可能性があります。

​ 冷やすか温めるか。どちらが体にとって有効かをしっかり検討してから最良の選択をしましょう。

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